焼肉店をV字回復させて、社長に切られた27歳の日──私が「黒子のコーチング」に切り替えた本当の理由
こんにちは。
『組織の左腕』でCPOを務める南勇大です。
今回は私が学生時代に起業をして、コーチングと出会うまでの経歴を振り返りながら、「コーチングとコンサルの違い──売上だけ追う支援の限界」について書いてみます。
「コンサル」として代行していた20代の自分

私は20歳のときに最初の起業をして、地方でエステ店の経営をしていました。
採用からマネジメントまで全部自分でやりましたが、最初の1年は赤字を垂れ流すばかりで、自分の給料すら店からは取れない状態でした。生活費は深夜のアルバイトで稼ぎながら、なんとか続けていました。
その頃にたまたま受けた研修が、人材育成界の巨匠と呼ばれるような方のものでした。
マネジメントの考え方、コミュニケーションの取り方を見直してから、お店の数字がはっきりと動き出しました。「自分が変わらなければ伸びないのだ」と腹落ちした体験です。そこから人材育成の道に強く惹かれていきました。
そして25歳のときに、店舗の社員や社長に研修をするサービスを自分で立ち上げました。今からちょうど15年前の話です。
当時はコーチングという言葉そのものが「怪しい世界」のように扱われていた時期で、私もコーチングを名乗らず、コンサルティングと企業研修を掛け合わせたサービスとして売っていました。
店舗ビジネスや営業会社のクライアント先には週に3日ペースで通い、現場に入り込んでいました。今振り返れば、それはコーチングというよりは社長業の代行に近い関わり方でした。
社長の代わりに私が引っ張り、売上を作りにいっていた、という言い方が正確かもしれません。
焼肉店をV字回復させて、社長に切られた日

転機になったのは、ある老舗の焼肉店でした。規模の大きな会社です。
私は週に3日通い、現場に入り込み、結果として売上をV字回復させました。数字の上では、誰が見ても成功と言えるプロジェクトでした。
しかし、そのプロジェクトの終わりに、私は社長から契約を切られました。
理由はシンプルでした。売上は上げていたけれど、社長の意向はあまり反映されていなかったのです。
私は社長とタッグを組んで意思決定を尊重するというよりも、どちらかと言えば「売上を上げる」ことに集中して、代行的に動いていました。社長の意向と違う方向に組織が動いていくのを、社長は見ていたのだと思います。
「自分がやっていることはズレている」と気づいたのは、契約を切られたあとのことでした。
代行ではなく、社長を主役にする「黒子」へ

ここで簡単に整理しておくと、コンサルティングは専門家が外側から答えと解決策を提示する手法で、コーチングは対話を通して相手の中から答えを引き出し、主体的な行動を促す手法です。
私が焼肉店でぶつかったのは、まさにこの一線でした。コンサルの構えで入ると、答えを持つのは自分側になり、社長の答えを引き出す立場には立てなくなるのです。
切られたあとに私が考えたのは、「社長と社員がしっかり結束する状態を作らなければならない」ということでした。
そのためには、社長の代行やコンサルとして自分が前に出るのではなく、コーチングをして、社長が引っ張っていく組織を支援する側に立つ必要がある。
「私自身は黒子側にいるべきだ」と気づいたのです。
その気づきがあったのが27歳のときで、そこから私のコーチングサービスは、今の形に近づいていきました。
支援の形を切り替えてからは、保育の現場、営業会社、ITベンチャー、そして桑田代表のホストクラブと、関わる業界の幅も広がっていきました。
そして、「一見すると全然違う業界のような業界でも、組織の中で起こっている問題は驚くほど似ている」ということにも気がついたのです。