新人に求めるべきは「主体性」ではなく「自主性」だった ―― 十六年・一万人の育成現場で見えた分岐点
こんにちは。
『組織の左腕』でCPOを務める南勇大です。
今回は「主体性と自主性の違い」について書いてみます。
経営者が「主体性」と口にするとき、本当に求めているもの

新入社員が入って一か月ほど経つと、経営者やマネージャーの方から決まって同じ相談を受けます。「どうすれば新人が主体性を持って動いてくれるのか」。
毎年5月頃になると耳にする、季節の悩みのようなものです。
私はこれまで十六年、延べ一万人以上の育成に関わってきました。その中で気づいたことがあります。多くの経営者が「主体性を持ってほしい」とおっしゃるのですが、話を深く掘り下げていくと、本当に求めているものは少し違うのです。
突き詰めていくと、その多くは「自走してほしい」という願いに行き着きます。
つまり求めているのは主体性ではなく、自主性であることがほとんどなのです。この二つを同じものだと思い込んでいると、育成の現場で大きなミスを犯す危険があります。
主体性と自主性は、まったく別物です

主体性と自主性は、言葉こそ似ていますが、私はまったく別のものとして捉えています。
主体性とは、枠組みも何もないゼロの状態から、その人自身が「これをやりたい」と考え、行動をつくり出していくことです。
一方の自主性とは、ある程度の枠組みや決められたことがある中で、いちいち言われなくても自分から進めていくことを指します。
ゼロから生み出すのが主体性、決まったことを自ら動かすのが自主性。この違いを曖昧にしたまま人を育てようとすると、経営者の意図と現場の動きがすれ違っていきます。
たとえば、入ったばかりの新入社員にゼロベースの主体性を求めたとします。本人が心からやりたいことを起点に動き出せば、それはその人にとっての主体性です。しかし、その方向が組織の目指すものとずれていたら、どうなるでしょうか。一人ひとりが好きな方向へ動き出した組織は、あっという間にバラバラになります。
そもそも、主体性を発揮させるという力は、統制とは反対の方向に働くものです。特に中小企業では、最初から主体性を発揮できる人ばかりが集まることは、そう多くありません。だからこそ、まず自社が何を求めているのかを、経営者自身が正確に見極める必要があるのです。
「主体性を持ってほしい」と言った瞬間、それは主体性ではなくなる

ここに、主体性という言葉の厄介さがあります。誰かに向かって「主体性を持ってほしい」と伝えた時点で、それはもう主体性ではないのです。
人は外から動機づけられようとするほど、内側から湧いてくる動機を失っていきます。子どもに「勉強しなさい」と言えば言うほど、かえってやる気をなくしてしまう。あの感覚を思い出していただくと、分かりやすいと思います。
放っておいても自分から結果を出してくれる相手であれば、主体性を求めても構いません。しかし、これから育てていく段階の人に、外から主体性を迫っても、削がれていくばかりなのです。
ですから、組織でまず目指すべきは自主性だと私は考えています。ある程度の枠組みを与え、その中で本人が自分の目標を持ち、細かく管理されなくても最後までやり遂げようとする。まずはその状態をつくることです。
勝手にやらせて結果が出るのではなく、決めたことを自分の意志で進めていく。この土台ができて初めて、次の段階が見えてきます。
主体性は、そこで積み上げた結果と自信の先に、自然と芽生えてくるものです。順番を間違えないこと。それが、主体性という言葉に振り回されないための、最初の一歩になります。