「辞める」を禁じ手にすると、人は何も始められない ── 合う場所を見つけるまでの正しい辞め方
こんにちは。
『組織の左腕』でCPOを務める南勇大です。
今回は「合わない場所を、いつ離れると決めるのか」について書いてみます。
合わない会社に三年我慢することは、人生にとって正しいのか

前回のコラムでは、採用する側が短い職歴をどう見ているかという話をしました。続けていくことは、確かに大事です。
しかし、その前提には一つ抜け落ちているものがあります。一社目に入る時点では、働く側にも何も分からないということです。
入ってみて、どうしても合わない。自分のパフォーマンスがまったく発揮できない。そうなったときに、経歴のことを気にしすぎて三年我慢する。それは自分の人生を考えると、どうなのでしょうか。
私は、辞めて違うことにシフトしていくのは全然ありだと思っています。むしろ、そうしたほうがいい。
ただし、それが続いてしまうと話は変わります。五社、六社と重なれば、やはり見え方は微妙になります。
そもそも、入る前に見極めきることには限界があります。
面接のとき、会社見学に行ったとき、みなさん気持ちよく挨拶してくださいます。ところが実際に働き始めると「聞いていた話と違う」と感じて、不満を溜め込んでしまうケースは決して珍しくありません。
そのうえで我慢してやり続けることが、私は一番違うと思っています。
合う合わないは大事です。合わない会社にずっといることは、ご本人にとっても会社にとってもプラスになりません。
娘がトランポリン教室を、二回目で辞めた話

同じことを、私は自分の子どもを見ていて実感しました。
うちの娘は本当にいろいろなことをやってきました。小さいころはスイミング、体操、英語。途中からバレエ、そろばん。そしてトランポリンです。
合わないものは、すぐ辞めてかまわないという方針でやってきました。やってみなければ分からないからです。特に子どもは、やりたいと言って始めてみないと、本当のところは何も分かりません。
トランポリンは、二回目で辞めました。
きっかけは本人が「やりたい」と言ったことでした。体験に行ったとき、とても優しいおじいちゃんの先生が見てくださって、本人はすっかり楽しくなって帰ってきました。四歳ごろのことです。
そこのユニフォームも買いました。楽しみにして、次の回に出かけていきました。
ところが、その教室はオリンピック選手を輩出しているところだったのです。そして、うちが通うと決めた曜日の担当が、元強化選手まで進んだ女性の、たいへん厳しい先生でした。
体験でおじいちゃん先生と楽しく跳んでいたはずが、行ってみたら四歳にして本格的なトランポリンが始まりました。娘は泣いて泣いて、嫌だ、やりたくないと言いました。
そこで辞めました。私は「やりなさい」と言うタイプではありません。
会社に置き換えても、娘と同じようなことはよく起きていると思います。
「辞める」を禁じ手にすると、人は何も始められない

いろいろ試してみることは、絶対に必要です。
辞めるという選択肢をなしにしてしまうと、そもそも始められないからです。
最初は辞めてもいいから、いろいろトライしてみる。そのなかで選んで、「これで決めた」となったら、今度はそれを成し遂げる。この両方が大事です。
実際、娘には三歳から始めて十歳の今もずっと続けているものもあれば、ぽんぽんと辞めていったものもあります。
途中からは、区切りの決め方も覚えました。ここまでやって辞めよう、この級を取ったら辞めよう、という具合です。
目標を決めて、そこまでは成し遂げる。この力も同じくらい大事なものです。
ですから、何でもかんでもすぐ辞めていいというわけではありません。しかし、自分にとっての「これだ」を見つけるまでは、辞めながらいろいろやってみていい。
学生でも社会人でも、特に若いうちは、そうであってほしいです。
自分に合う仕事が何なのかは、考えていても分かりません。いろいろ飛び込んでみたほうがいいのです。
ただ、「辞めたいけれど半年は頑張ってみよう」みたいな区切り方は、あまりオススメはできません。
半年という時間は、短いようで大きなものです。その半年で人は全然変わってしまいます。
とくに社会人の仕事については、「半年間に何をやるか」は、人生を左右する大きさがあります。
我慢してパフォーマンスを発揮できないまま過ごすよりは、早く移ったほうがいい。
若いビジネスパーソンはそう考えるべきだと思いますし、雇用する側も無理な引き止めはすべきではないと私は思います。